風の画家と呼ばれたい

風の色を求めて見慣れた景色の中に、風がひとつの物語を置いていったようでした。

米山 成一

(よねやま せいいち)

はじめに

芸大への憧れを生涯の原動力に、挑戦と創作を続けてきた。開発の世界で特許を得て評価され、60歳で再び学びの場へ。人との出会いに感性を磨かれながら、今も少年の心で絵を描く。私の色は、いつもコバルトブルー。

私の歩んできた道

55歳の春、芸大一次合格。父の一言が変えた私の人生

私は1950年に群馬県で生まれ育ちました。18歳の頃から東京芸術大学・油画専攻の受験に挑み続け、55歳のとき、ついに一次試験に合格することができました。

 

ある年、父が入院し、受験をあきらめようと考えていた時期がありました。ところが、試験日が近づいたある日、父が細い声で「行って来い」と言ってくれたのです。芸大の試験日など気にかけたことのない父が、そんな言葉をかけてくれたことに驚き、同時に人生の価値観が変わった瞬間でもありました。


自家焙煎珈琲

交流のきっかけとして


小さな豆袋に、私という人間の“こだわり”をそっと詰めています。

公開スケッチや教室に来てくださった方へ、

 

私は自家焙煎した珈琲豆を、ほんの少しだけお渡ししています。

量は多くありません。

でも、袋のラベルや焙煎のこだわりを見て、

「この人はちょっと変わっているけれど、面白そうだな」

そう思っていただけたら嬉しいのです。

 

珈琲は、ただの飲み物ではありません。

人と人をつなぐ“きっかけ”になります。

 

 

 そんな“ご縁の種”になればと思い、

珈琲を焙煎し、豆袋にそっと詰めています。

 

 

 

 

 

 

経歴概要


1950年、

群馬県生まれ。

若い頃から絵を描き、


1970〜71年、
東京三洋電機保健センター、太田市民会館、
足利市民会館で個展。

 

1999年、

有限会社アトム設計設立

 

2006年、
東京藝術大学油画専攻
一次試験に合格。

 

2008年、
国立新美術館
「アンデパンダン展」出品。

特許第4189022号取得

 

学びを続け、
2012年、
太田情報商科専門学校
デジタルグラフィック科卒業。

 

 


講師を務める教室のご案内

運営している組織

風の画家と呼ばれたい


赤城山の風景画ギャラリー


今日も赤城山がきれいに見えるあなたの町に絵を描きに行きます。米山成一を見つけたらお声がけ下さい。


 

地域の人とつながるために、

私は今日も赤城山を描き続けています。

 

赤城山は、見る場所によってまったく違う姿を見せてくれます。

富士山に次ぐ大きさを持ちながら、数万年前の大爆発で七つの山に分かれ、

その複雑な形が、地域ごとに“まったく別の山”のように見えるのです。

 

「これは私の故郷から見える赤城山です」

「疎開していた頃に見ていた山です」

「うちの地域からはこんな形に見えるんですよ」

 

そんなコメントをいただくたびに、

赤城山は“その人の人生の色”を映す鏡なのだ と感じます。

 

私は、地図上で赤城山大洞にコンパスを立て、

半径40kmの円を描き、時計の文字盤のように12分割した地点から

一枚ずつ赤城山を描いています。

「今日は〇時の方向から描きました」

そんなふうに投稿すると、

その地域に住む方が「うちの赤城山だ」と反応してくださる。

その瞬間、絵を通じて心がつながるのです。

 

赤城山は、ただの山ではありません。

それぞれの人の記憶、暮らし、人生の背景に寄り添う存在です。

 

私は、その“人生の色”をそっとすくい取り、

一枚の絵に込めたいと思っています。

 

あなたの見てきた赤城山、

あなたの心に残る赤城山が、

このギャラリーのどこかに見つかりますように。

 

イーゼルごと吹き飛ばされた、強い風の中でやっと描いてきました。


パステル

直観的にさまざまなパステルを塗り、ティッシュで伸ばしたり、ぼかしたり対象の光景だけでなくその場の空気の温度さえも表現できるような気持になり、楽しめます。

水彩

写真撮影では捉えきれないような、雄大な自然環境の中で描く醍醐味は格別な物があります。刻々と変化する空や山肌を一番素晴らしいと思う瞬間を一気に描けます。

ガッシュ

不透明水彩で上塗することで下の色が隠れる為、油絵のようなプロセスになります。納得するまで描き込め、混色した色がそのまま反映される所も楽しめる絵具です。


お問い合わせ

メモ: * は入力必須項目です